図表類は掲載を省略しています。

気象災害に備える

(財)日本気象協会 参与(技師長)

 

1.はじめに

 「天災は忘れたことにやってくる」との名言を遺したのは寺田寅彦博士です。

私たちは、ともすると自分の住む場所や行動範囲は、常に安全であるかのような錯覚に陥りがちです。自分本位の願望がなせる術です。また、私たちは、都合の悪いことや思い出したくないことを、記憶から消してしまう傾向も持ち合わせています。

 今年もまた必ず台風が発生し、関東地方にもやって来る恐れが十分あります。事実、この原稿の執筆時、すでに台風2号が発生し、関東地方の沖を北東進中です。ひとたび台風が発生しますと、テレビなどでは通常の天気予報に加えて、現在位置や進路予報などの情報が次々と流されます。さらに、大雨や洪水、暴風などの危険が切迫してきますと、防災に責任を持つ市町村長からは避難勧告などが出されます。私たちは住民の一員としてこうした機関の指示に従うことは当然ですが、一番大事なことは、自分の財産や命を守ることを他人任せにしないで、先ず自分で状況を把握し、判断するという精神が重要ではないでしょうか。そのためには、平素から自分の生活圏や行動圏の点検を行うと共に、報道される気象情報の内容や災害を起こしうる大雨や台風などの基礎について理解しておくことが必要です。寺田寅彦博士の言葉を自分のこととして捉え、その教訓を是非とも活かしたいものです。

 

2.防災気象情報と伝達

 わが国の災害対策の基本は、昭和34年9月の約5000人の犠牲者を出した「伊勢湾台風」を教訓に制定された「災害対策基本法(昭和36年)」に盛られており、国、都府県、市町村の責務のほか、報道機関などの役割が規定されています。都道府県レベルでいえば、東京都知事は「地域防災計画」を定める義務があり、その計画の中で災害の予防や災害に関する警報の発令および伝達、避難などの事項が規定されています。

まず、大雨警報や暴風警報など警報に関連する情報の基本的な流れは、気象庁(地元の府県気象台)から、都道府県へ、市町村長へ、公衆へとバトンタッチのように通知および周知されて行きます。  

一方、報道ではNHKは気象庁から通知された警報を直ちに放送しなければならないと法律で義務化されています。テレビやラジオの放送中に、警報が割り込んで流れるのはこのためです。民放でもこれに準じた報道がなされています。

なお、大雨注意報などの注意報には、このような伝達・通知の義務規定はありませんが、警報に準じた扱いがされています。

ところで、気象庁の発表する警報は、「重大な災害の起こるおそれのある旨を警告して行う予報をいう」と定義されています。したがって警報は実況ではなく、あくまで予報です。見逃しや空振りがあるのは止むを得ません。警報には、津波警報や高潮警報、洪水警報などがありますが、気象についての警報(気象警報)は、@暴風警報、A暴風雪警報、B大雨警報、C大雪警報の四種類だけです。

気象警報や注意報の発表の権限と義務は気象庁のみです。ちなみに、平成5年に気象予報士制度が創設され、現在、気象庁長官の予報業務許可を受けた約50の気象事業者が活躍しています。気象事業者は独自の天気予報を行うことは出来ますが、警報の発表は禁止されています。蛇足ですが、違反は50万円以下の罰金です。事業者独自の警報発表による混乱が、防災活動に支障を来たさないための措置です。しかしながら、台風などがやってきますと、テレビの天気予報番組では、天気予報と気象警報などが混在して報道されますが、少なくとも「暴風警報」などの警報の部分はあくまで気象庁の発表したものです。

 

3.気象警報などの地域区分と発表基準

 天気予報や気象警報などを発表する場合、対象となる地域や発表基準をあらかじめ決めておく必要があります。天気予報に関する地域は、一般に、都道府県を2、3に細分したもので「1次区分」といいます。警報および注意報に関する地域は、「1次区分」をさらに細分した「2次区分」とよばれます。

東京都の具体的な天気予報の地域割は、「東京地方」「伊豆諸島北部」「伊豆諸島南部」の3区分です。これに別途「小笠原諸島」があります。これより細かい区分はありません。警報・注意報用の「2次区分」は、「東京地方」の場合、図1に示すように五つの地域に細分されており、最新の区分です。なお、紙面の都合で、伊豆諸島を除いてあります。 

つぎに大雨警報・洪水警報などの場合の発表基準を表に示します。この表で、左の欄の大雨警報・洪水警報のところを見ると、基準要素の1時間雨量が、「23区東部」では50mm、「多摩西部」では70mmなどと記されています。各地域で警報の発表基準が異なっているのが分かります。

こうした地域割および発表基準は、過去の大雨や洪水の地域性、災害の起こり方、河川の改修などを基に決められたもので、今後も変更の可能性があります。

さて、実際の予報作業の場面では、台風などの接近に際して、予報当番者が進路や強度を総合的に判断して、「多摩西部」地方では1時間雨量が70mmを越えると判断した場合に、大雨警報の発表となるわけです。考え方は、3時間雨量や24時間雨量の場合、さらに暴風警報などでも同じです。

したがって、警報の対象区域・基準と自分の居るところを照らし合わせて判断する必要があります。

天気予報などでよく「アメダス」という言葉が出てきます。これは無人の気象観測所のことで、雨量のみの観測所(全国約1300か所)のほか、雨量に加えて気温・風向風速・日照時間の四要素観測所(全国約800か所)、さらに積雪深を加えた観測所もあります。

 東京地方の場合、図1の中に●▲などの記号で示したように、全体で10のアメダス観測所があります。観測データが10分ごとに自動的に気象庁に集まり、雨量の把握や警報のタイミングなどに利用されています。

 

4.台風

 気象災害には大雨、洪水、土砂崩れなどがありますが、その中でも台風は災害を引き起こす有力な現象です。

台風は日本のはるか南の海上で発生し、1週間程度で日本付近にやって来ます。台風がどのようにして発生するかについては未だよく分かっていませんが、一旦、台風の子供(直径が数100km程度の弱い左巻きの渦)が生まれた後は、どのように発達するかについてはよく分かっています。

 図2は、19号台風(1990年)の衛星画像のモザイクと台風の内部構造を表わした模型図です。台風の眼、眼の周りの壁雲、数本の渦巻の中に埋まっている積雲対流群(レインバンドといいます)などが見られます。壁雲は高さが10kmを超えるような積乱雲が林立したものです。台風の発達を制御しているのは、これらの積雲および積乱雲の形成です。水蒸気は無色の気体ですが、水から蒸発する際に得た沢山の熱エネルギーを潜熱として抱えています。水蒸気を含む空気の塊が上昇して冷え、凝結して雲粒・雨粒となって再び水に帰る時に、抱えていた潜熱が解放されて、周囲の空気を加熱し、軽くします。

図3は、台風の発達メカニズムをまとめたものです。すなわち、個々の積乱雲が水蒸気の凝結により放出する潜熱とそれらの集積効果が、台風の中心付近の空気全体を暖め、軽くし、大きな対流となって上空から周辺に吹き出します。それを補うように遠方からやってくる下層の湿った空気は台風の中心に近づくにつれて、反時計回りの回転運動を強めます。  

ちょうど、湯飲み茶碗を箸でグルグルかき回して放しますと、底の方では茶カスが中心に向かうように、大気中でも下層の空気は地面の摩擦の影響で、ほぼ円形の等圧線を斜めに横切って、螺旋状に中心に向かいます。気流は上昇せざるを得ません。上昇気流の塊は気圧の低い上空に達するにつれて膨張して冷え、水蒸気が凝結し、雲を作り、潜熱を放出し、自分を含めた周りを暖めます。このようにして台風の中心付近では上層まで暖かくなり、上空で気流が周囲に吹き出します。この様子は気象衛星「ひまわり」の画像でもしばしば綺麗に見えます。流入する気流に比べて流出量が多い分、中心付近の気圧はさらに低くなります。中心付近と周辺との気圧差が大きくなり、台風の周りの循環がさらに強まります。

以下グルグル回り(ポジティブフィードバックといいます)で台風の発達が続きます。台風が冷たい海上に進み、あるいは上陸で、周囲からの水蒸気の補給が無くなると、このグルグル回りの回路は切れ、発達は止り、衰弱することになります。

 最後に台風接近時を考えてみましょう。図4は台風の進路によって、地上付近の風向がどのように変化するかを示したものです。例えば、自分の西側を北上して行く場合(左側のケース)は、時間共に風向が時計回り(北東⇒東北東⇒東⇒東南東⇒・・)に変化して行きます。台風の経路が、自分より西側か、東側かの確認や予報どおりに進んでいるかのチェックに有効な方法です。

 台風の進路と関連して、私達は中心位置に目が奪われがちです。図5は台風に伴う雨のレーダー画面です。このように雨は台風の中心付近よりも、前面や周辺で激しいことに注意する必要があります。中心位置はあくまで全体の目安です。(以上)

 

{図説}

 

図1 警報・注意報の地域区分

図2 台風の内部構造模型図(朝倉書店、気象ハンドブックより)   

図3 台風の発達メカニズム

図4 台風の進路と風向変化図

図5 台風に伴う雨の分布(台風の中心の北側に、レインバンドが渦状に広がっている;濃いところほど雨が強い))

   

表  大雨警報・洪水警報(注意報を含む)の発表基準

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