図表類の掲載は省略しています。

風工学会解説原稿

 

日本の気象サービスの動向について

 

                         (財)日本気象協会 

                             参与(技師長)古川武彦

1.はじめに

明治8年(1875)、東京赤坂葵町での1日3回の定常的な地上気象観測から出発した日本の気象業務は、すでに125年が経過した。いわゆる天気予報に代表される気象サービスは、従来ほとんど気象庁により独占的に行われてきたが、政府の規制緩和政策や省庁再編成などに伴って、近年大きく変貌した。気象庁はサービスの重点をいわゆる天気予報から防災部門や国際的分野にシフトしており、また並行して予報の自由化や気象予報士制度の創出など民間気象サービスの振興をめざしている。これらに呼応して民間気象事業者の新規参入も見られ、従来の気象サービスのパラダイムがすっかり変ったと言っても過言ではない。

一方、技術面では、「ドップラー気象レーダー」や「ウィンドプロファイラー」、「雷監視システム」など新しい観測システムの導入のほか、既存の「レーダー・アメダス解析雨量」などの情報の精緻化、さらに予測面では、防災目的の土砂災害情報の高度化、「メソ数値予報モデル」の新規運用や新しい予測手法に基づく「1か月アンサンブル予報」および「週間アンサンブル予報」などを運用している。と同時に、こうした観測結果や予報モデルのデータの全面的公開を進めている。他方、組織面では測候所の観測自動化など業務の効率化や組織見直しも進めている。

ここでは、近年の気象サービスを巡る政策的な動き、気象庁における観測および予測技術の現状、民間事業者の動きなどを中心に記述する。なお、地震・火山および海洋分野については除いた。

2.行政改革と気象庁の役割、最新の気象審議会答申

(1)   行政改革関連

平成9年12月、政府の「行政改革会議」は、自由かつ公正な社会の実現、簡素・効率的・透明な政府、国際社会への貢献、21世紀の国家機能等の基本理念を掲げて、中央省庁等再編のあり方等の最終報告を取りまとめた。

この中で、気象庁に関しては、現行の気象庁を継続すること、気象庁が行う天気予報の社会活動に必要な気象情報の提供(無償)の範囲は公的な責任として必要なものに限定すること、民間気象事業者に対する規制(気象予報業務の許可、気象予報士の独占、気象測器の検定等)については社会に対して広範な影響を及ぼすものに限定するなど最小限度のものとし、規制緩和を進め、検定等については民間の主体性に委ねることとされた。

(注)こうした国の無料サービスの制限や受益者負担の考え方は、当時、すでに実行されていた英国の行政機関におけるエージェンシー(一種の独立行政法人)が下敷きになっていたと思われる。

平成10年6月に中央省庁等改革基本法が成立し新組織の発足は平成13年1月6日とされた。同基本法(第22条)の中では、上述の行政改革会議の報告を受けて、気象庁のサービスに関連して次のようにうたわれた。

「気象庁が行う気象情報の提供は国が行う必要があるものに限定するとともに、気象業務を行う民間事業者に対する規制は必要最小限度のものとし、また、気象測器に対する検定等の機能は民間の主体性に委ねること」。

(2)21世紀における気象業務のあり方(気象審議会第21号答申)

こうした環境にあって、気象庁は平成11年9月、「21世紀における気象業務のあり方」について同庁の気象審議会に諮問し、同審議会は平成12年7月、つぎの四つの柱から答申を取りまとめた。

・わが国における気象業務の基本的方向と重点目標

防災気象業務における気象庁と地方公共団体等の防災機関の役割

気象サービスにおける国と民間の役割

気象業務における国際貢献

第3章以下で触れるように、最近の気象庁の観測・予報技術や情報提供などの施策はほとんどこの答申に沿ったものとなっている。なお、答申は気象庁のホームページ(http://www.jma.or.jp)に掲載されている。

答申は、第1部「内外の諸情勢及び気象庁が行うべき気象業務」、第2部「気象庁が戦略的に取り組むべき中長期的重要課題」、第3部「官民が連携した総合的な気象情報サービスの実現」の3部構成となっている。ここでの記述は気象庁が国として提供すべき気象情報、個別分野における重要課題、国内外機関との連携・協力、防災機関との連携、民間気象の振興の五つに絞って概要を記す。

一つ目の「気象庁が国として提供すべき気象情報」に関して以下のように掲げられている。

@     注意報・警報等の防災気象情報

国、地方公共団体、企業、国民等が防災対応を行うために必要な、気象、地震、火山活動、津浪、高潮、波浪、洪水等に関する情報(例 気象等の注意報・警報、台風情報、地震・津浪情報)

A国際的な責務、貢献として作成発表する気象情報

条約等の国際的取りまとめや国際的な連携・協力により行う監視・予測等に関する情報(例 船舶・航空機向け情報、オゾン層に関する情報、地球温暖化に関する情報)

B国の政策等に必要な基盤的情報

農業、食料、水資源管理、環境等の重要課題に密接にかかわる情報であって、必ずしも国自らが行わなければならないものではないが、その性質上、中長期的な技術開発や先行投資が必要となるなど、民間では対応が困難なもの(例 異常気象等に関する気候情報、季節予報)

Cあまねく国民が享受すべき共有財産としての性格を有する気象情報

わが国全体の社会経済活動、国民生活の安定等の観点から、あまねく国民の共有財産としての性格を有する情報であって、防災気象情報と密接または一体不可分な関係を有していることから、これらの業務の一環として効率的に作成・提供することが可能であるもの(例 天気予報、週間天気予報)

気象庁は、上記@およびAの情報については、国の機関として責任を持って作成・発表するべきである、B、Cについては@およびAの業務を実施するに当たり、必要な基盤を活用することによって効率的に作成発表できることから、引き続き国の機関として実施することが適当であるとしている。なお、気象情報に対する国民社会からの多様なニーズに応える観点から、BCの情報の作成発表については積極的に民間活力の導入を図るべきとされている。

二つ目の「気象庁が戦略的・計画的に取り組むべき個別分野における重要課題」を以下のように掲げている。具体的な事業をキーワードでみてみよう。

       気象観測・予報業務に係わる分野

(観測・予報の技術基盤の強化):

@              メソ気象現象の捕捉を目的とした気象観測網の構築(ウインドプロファイラー、気象レーダーへのドップラー機能の付加、GPSを利用した水蒸気の観測、衛星など)

A              数値予報技術の開発(メソ数値予報モデル、台風モデル、全球モデル、データ同化技術(異なった時間帯の観測データを予報に取り込む技術))

(防災気象情報の高度化):

@       災害対応を勘案した頻度・タイミングでの発表

A       対象地域を絞り込んだ発表

B       防災活動に直結する気象情報の発表

C       国の危機管理体制・広域的な応援に対応した気象情報の発表

(天気予報等の高度化):

@     天気予報等の充実

A     週間天気予報の充実

B     民間気象事業者に対する支援

(交通を支援する気象情報の充実):

@     航空気象情報

A     船舶向けの気象情報

● 地震・津波・火山業務に係わる分野(省略)

● 気候・地球環境業務に係わる分野

―季節予報の精度向上を図り、1年先までの気候予報の実現を目指すー

(気候業務):

@     地球規模の高度海洋監視システム(ARGO計画)

A 気候モデルの開発(3ヶ月、暖候期、寒候期の季節予報)

B 国内および国際協力の推進

C 産学官の連携による気候情報の利用の推進

(地球環境業務):

―地球温暖化、オゾン層破壊に関する信頼性の高い監視・予測情報の提供―

@     地球温暖化予測技術の高度化

 三つ目の「国内外機関との連携・強化」について、気象庁は自らの技術基盤を強固にするための研究・開発を進めると共に、モデル開発や地球観測衛星等の分野で研究機関等との連携・協力体制を強化するとしている。

四つ目の「防災機関との連携」について、気象庁は県などとの防災情報の共有、緊急時の専門家の派遣、技術移転、互いの観測成果の共有化(データ交換など)、防災機関が所有する情報システムとのネットワーク等を進めて連携を強化するとしている。

五つ目の「民間気象事業の振興」について、官民の連携によるサービスの実現を目指して、気象庁が保有する情報の提供、民間に対する技術移転や技術情報の流通、気象予報士の育成などを行うとしている。さらに、国民生活および産業分野等における気象情報の利活用を促進するとしている。

以上の項目のほか、気象業務における規制緩和策として、1週間を超える気象予報の自由化、気象庁が行っている気象測器の検定制度における指定代行機関の導入、検定方法の見直しによる民間負担の軽減などの方向性を示している。

3.気象サービスにおける観測技術

観測技術は、従来の目視および機械式技術から近年電子化が進み、他方、気象レーダーや気象衛星などのリモートセンシング(遠隔観測)が新たな重要な観測手段となっている。以下に気象測器の検定制度、観測の体系、主要な観測技術の動向を見てみよう。

(1)気象観測と測器の検定制度

各論に入る前に、風工学会の諸氏にも関連する気象測器の検定制度についてみておこう。測量の巻尺や食料品店の秤、ガソリンスタンドのメーターなどが狂っていては社会生活や契約の基本が崩れてしまうが、これらの正確さなどは計量法などにより担保されている。しかしながら、気象測器である風速計や雨量計、気圧計などにも検定制度があり、例えば検定を受けていない測器による観測データの公表を行った場合は50万円以下の罰金が課せられることなどはあまり知られていない。なお、前述の中央省庁等改革基本法における検定に関する民間の自主性の尊重と関連して法律が改正され、検定の実務を民間等の法人が行える「指定検定機関制度」の導入、製造業者等が気象測器を製造する際に得た検査データを活用する「認定測定者製度」、検定有効期間の延長などの措置がなされた。

さて、日本の気象業務を律している「気象業務法(昭和27年法律第165号)」によれば、第4条で「気象庁は、気象、地象、地動、地球磁気、地球電気及び水象観測を行う場合には、運輸省(注。現国土交通省)令(注。気象業務法施行規則)で定める方法に従ってするものとする」と定められている。また、同法6条第一項で「気象庁以外の政府機関又は地方公共団体が気象の観測を行う場合には、運輸省令で定める技術上の基準に従ってこれをしなければならない」となっており、但し書きによれば、研究、教育などの目的の場合は技術基準の適用が除外されている。続いて同6条第2項では「政府機関及び地方公共団体以外の者が気象観測を行う場合について、その成果を発表するための観測、災害の防止に役立てるための観測、電気事業法でいう電気事業の運営に利用するための観測については、運輸省令で定める技術上の基準に従ってしなければならない」旨が定められている。さらに、気象観測・測器に関する技術上の基準に法律的な強制力をもたせるために、同法第9条では「正確な観測の実施及び観測の方法の統一を確保するために一定の構造(材料の性質を含む)及び性能を有する必要があるものを政令で定め、それらは検定に合格したものでなければ使用してはならない」とされている。該当する政令では「温度計、気圧計、湿度計、風速計、日射計、雨量計、雪量計」の七つの測器が検定対象となっている。

同法第5章では、検定は実機が対象であるが上記の七つの測器については形式証明が可能であること、有効期間は5年であることなどが定められている。(注)ガラス製の温度計や雨量計などの有効期間は先に紹介した規制緩和政策等により10年に延長された。なお、気象業務法に定める検定制度の細目は気象測器検定規則(運輸省令)で定められている。

したがって、会員諸氏にとっても教育・研究活動目的以外であって、上記七つの測器を用いて観測を行い、データを公表する場合は検定の対象となる。同検定規則には、測器の有効期間、構造及び材質、種類、公差などが定められている。風速計でみると、種類は風杯型・風車型・超音波風速計の三種に限られており、それぞれ構造や性能が定められている。特殊な風観測の測器を用いる場合は注意が必要であろう。

(2)気象庁における気象観測の体系

気象庁では、種々の気象観測を、観測対象の項目や空間などにより、地上気象観測、高層気象観測、海上気象観測、海洋気象観測、火山観測、地震観測、津浪観測などに類別している。このほかにレーダー気象・放射能・CO2・オゾン・紫外域日射観測などがある。これらのうち地上気象観測は、もっともポピュラーで基本的なものであり、地上における気圧、気温、湿度、風、降水、雲、天気、気象現象、日射などの観測と定義されている。さらに、地上気象観測は、通報観測と気候観測とに分けられている。通報観測はいわゆる天気予報や警報を行うこと、また気候観測は気候調査を目的としている。なお、観測成果の通報は、地上気象観測に限らず高層観測や地震観測などでも行われている。これらのうち気象関連の観測結果は、WMO(世界気象機関)技術規則に則った国際的通報のほか国内的通報が行われており、各国の気象主務機関が天気予報等に用いている。通報は、通常、気象回線と呼ばれる専用回線を通じて行われ、一定の書式(通報式とよばれているフォーマット)が決められている。1群が5つの英数字によりなる多数の群で構成されており、「国際気象通報式」、「国内気象通報式」がある。一種の暗号電文であり入手しても解読表がないと内容は分からない。「FM12 地上実況気象通報式(SYNOP)」、「FM13海上実況気象通報式(SHIP)」、「FM15定時航空実況気象通報式(METAR)」、「FM35 地上高層実況気象通報式(TEMP)」「FM41機上実況気象通報式(CODAR)」、「FM20レーダー気象実況通報式(RATOB)」など約50の形式が定められている。ちなみに、原子力施設の事故などに伴う緊急を要する「FM22放射能資料通報式(RADREP)」もある。これらの通報式の対象はほとんどが実況データであるが、「FM71地上月気候値気象通報式(CLIMAT)」などの非即時的データも通報されている。

地上気象観測を観測項目からみれば、気候観測は通報観測に比べて広範囲であり、気圧、気温、風など基本要素の毎時値のほか、蒸発量や日射量など、さらに日最大風速や最大瞬間風速などの極値を含んでいる。観測成果は観測日原簿として毎時の値や最高気温などの極値が原官署に保存されている。こうした観測データは気候の監視、建物・橋梁などの設計、農業など広範囲に利用されている。気象庁で閲覧でき、データの取得は気象業務支援センターや民間気象事業者を通じて可能である。ほとんどの官署では約100年規模の観測データを有しており、地球温暖化やヒートアイランドの解明など貴重なデータともなっている。

(3)地上気象観測装置

気象庁では「地上気象観測装置」とよばれる総合測器を用いて地上気象観測を行っている。同装置で気温、気圧、風、湿度、降水量、日照時間等を自動的に観測しており、雲(種類、量、高さ)、視程、天気現象などの項目は目視によっている。前述の通報電文はこの装置により自動的に作られる通報電文案に目視要素を観測員が入力し、発信される。観測装置の更新年次(形式・世代)により、80型、95型などと呼ばれており、全国約160か所に設置されている。図1は地上気象観測の場所およびセンサー部を示す。この他、各空港に立地する気象官署にも同様の装置が整備されている。風関連の情報では、気象庁が風向・風速という時は風速は10分間平均、風向はその瞬間を意味する。しかしながら、台風の接近時などに発表される瞬間風速は、風速を.25秒間隔で3秒間(計12個)サンプリングして、それを平均したものである。

なお、近年、約20の小人数測候所の観測が自動化政策により、無人観測となった。そのうち石巻・河口湖・境測候所などでは地上気象観測装置には視程計が付加されている。視程計は、大気中の混濁物の多寡を光の前方散乱強度により観測し、視程を自動的に見積もる手法である。米国でも採用されている。

 

―――図1(95型の地上気象観測装置機器構成図:気象庁)―――

(4)アメダス

 「雨だす」という関西弁的な語感と相まって、アメダスはもっとも有名な4文字カタカナの一つである。英文ではAutomated Meteorological Data Acquisition Systemで、その頭文字はAMeDASである。アメダスは昭和46年に公衆電話回線によるデータ通信が可能になった環境を利用して気象庁が整備した無人の気象観測装置である。もともと農業気象業務の一環として、気象官署以外の地で雨や気温などの観測を委託により行い気候的な情報として入手していたものが、アメダスとして生まれ変わったわけである。本格的な整備は昭和50年だからまもなく30年近いデータが蓄積される。全国に約1300か所あり、そのうち約800か所では四要素とよばれる気温、風向・風速、日照時間、降水量の観測を行っている。写真1はアメダス観測所を示す。雨の観測点は約17km四方、四要素は約20km四方に1か所の割合で展開されている。日照時間の観測は太陽電池で太陽のエネルギー強度を観測し、0.12kw/m2(太陽常数の約10%)以上の場合を日照ありと定義している。毎正時に前60分内の日照ありの合計分値を45のように2桁で観測している。かっては、毎正時後に東京のアメダスセンターから自動的に各アメダス観測所に電話をかけ、データを吸い上げていたが、地震時などは電話が輻輳し的確な収集が困難であることなどから、現在のシステムでは毎正時後に各観測ポイントの側からアメダスセンターに電話をかけ、パケット通信網を通じて収集されている。アメダスでの風の観測は、通常約10mのポール上で行われており、周囲の樹木や建物により局地的な影響を受けている場合がありうるので注意が必要である。また、当初は山岳地域に配置されていた観測所(電源は電池や太陽電池)などが、商用電源のある場所に移設されている場合がある。なお、豪雪地帯を中心に、ポールから下向きに射出する超音波の雪面による反射時間を利用した積雪深計が約200か所に設置されている。

 

―――写真1(アメダス観測所風景)―――

 

(5)気象レーダーおよび気象ドップラーレーダー

気象レーダーは、第1号機が昭和29年に大阪に設置されて以来、昭和30年代に全国展開が図られ、現在20か所で運用されている。実用的な探知範囲は半径約200kmである。富士山レーダーは探知範囲約800kmを誇っていたが、気象衛星などの新しい観測手段の台頭などにより廃止され、現在では、代わりに新設された長野県(車山)、静岡県(牧ノ原)と既存の東京(柏)レーダーで関東域のカバーが図られている。気象レーダーの観測結果は2・5kmメッシュ平均の降水強度としてデジタル情報化され、一般にレーダー画像とよばれている。気象庁部内のみならず部外でも広く利用されている。また、このメッシュデータを実際の地上での雨量計と校正して得られた「レーダー・アメダス解析雨量(図)」が降水の実況把握のほか、6時間先までの「降水短時間予報」の初期条件として定常的に利用されている。

気象レーダーのトピックスはドップラーレーダーである。雨粒が風に乗って流され、落下しつつある速度を電波のドップラー効果を利用して測り、雨粒の周囲の風を得る手段である。もちろん降水強度も観測できる。日本では航空機の安全運航などを主目的として成田、羽田、関西、新千歳、大阪などの主要空港に展開されている。具体的には離着陸に影響をもたらすダウンバースト(下降噴流)やガストフロントの監視に用いられている。しかしながら、気象庁の一般気象レーダー観測網は依然として従前タイプの降水観測レーダーである。ちなみに米国では、一般用および空港用の両者がすべてドップラー機能を有している。

(6)ドップラーウィンドプロファイラー(ウインダス)

電磁波が大気中に存在する空気の乱れや雨粒により散乱・反射されることを利用して、その動きを1.3GHz帯の電磁波のドップラー効果により観測し、乱れなどが乗っている風の場を3次元的に把握するのがドップラーウインドプロファイラーである。プロファイラーと呼ぶのは風向・風速の鉛直分布が得られるためである。ドップラーレーダーがレーダービームを水平面に射出するのに対して、プロファイラーでは鉛直方向に射出する。正確には、鉛直のほかそれぞれ東西・南北方向にやや傾斜したビームを交互に出す。典型的なリモートセンシングである。全国25か所のサイト(地方気象台の構内など)に設置され、10分毎に観測し、毎時に気象庁に送られる。気象庁のシステムは「ウインダス」と呼ばれている。無降水時は約3〜6km上空まで、降水時は約7〜9km程度までの風向・風速の観測が可能である。図2は同観測システムの概念を示す。観測結果は上空の風の監視のほか、後述の10km格子の「メソ数値予報モデル」などに利用されている。データは部外にも提供されている。

 

―――図2(ドップラーウインドプロファイラー概念図:気象庁)―――

 

(7)雷監視システム

 落雷や雲間放電に伴い発生する電磁波の発生を検知し、発生地点を評定するのがこのシステムである。全国29のサイト(飛行場に立地する航空気象官署)に電磁波のやってくる方向を観測するためのアンテナ系が設置されている。雷監視システムの検知局の配置および構成を図3に示す。各検知局で受信した雷に伴なう一種の雑音電波を羽田のセンターに伝送し、雷の発生地点を瞬時に特定し、再び全国的に配信される。なお、このシステムは航空気象向けに整備されたもので、気象庁部内のほか航空機関や航空会社に提供されている。今のところ、部外には公開されていない。

 

―――図3(雷検知局の配置と構成:気象庁)―――

 

(8)レーウインゾンデ

 レーウインゾンデは、水素ガスを充填したゴム気球にセンサーおよび無線の発信機を搭載して、約30km上空まで飛揚させ、その間に上空の風向・風速、気温、湿度を観測するシステムである。気象庁では全国18か所で1日2回(09時、21時)行っている。

このほか、約15km上空までの風向・風速を1日2回(03時、15時)観測しておりレーウィンとよぶ。レーウインゾンデ観測では、時々刻々、気圧、気温、湿度と気球の方位角および高度角が分かるが、残念ながら気球の高度は直接には分からない。実際は、静力学近似を仮定した測高公式に、気圧、気温、湿度を代入して次々に高度を計算で求める。同時に気球高度を見上げる高度角から、三角公式を利用して気球までの水平距離を求める。したがって、風向・風速は気球の軌跡から計算で求められたものである。しかしながら、近年、GPSを利用した「GPSゾンデ」が登場している。GPSゾンデでは気球にGPSアンテナを搭載しているので、3次元的に位置が分かるため気球を追跡するためのアンテナ系は不必要であり利便性も高いようだ。

(9)気象衛星

気象衛星「ひまわり5号」は、すでに運用寿命を超えており、撮像装置に一部に不具合が生じている。後継機は気象衛星単独ではなく、航空機の管制にも利用する多目的衛星として、平成15年度および16年度に打ち上げが予定されている。新衛星では、現在の1時間毎との観測を30分毎に、また、新たに追加される赤外線サーにより夜間の霧や下層雲、台風中心位置の観測の精度向上などを目指している。現在のひまわり衛星の姿勢制御はスピン方式であるが、次期衛星は3軸制御(ヤジロベー方式)でカメラなどが常に地球を向くようになっている。なお、気象のコントロールセンターは清瀬市、航空管制のコントロールセンターは神戸市と常陸太田市にある。

(10)アルゴ(ARGO)計画

気象ではないが、海のアメダスとよばれるアルゴ計画について述べる。異常気象に伴う防災や気候の監視・予測などを目的とした国際的なプロジェクトであり、メインは自動的に海洋中を浮沈することが出来る高さ約1m程度の漂流ブイ(中層フロート)の投入である。水深2000mまでの水温・塩分を反復して自動観測し、浮上時に衛星の通信機能を利用して基地局にデータを伝送する。米国のイニシアチブで進められており、全世界で約3000個の中層フロートの投入が計画されている。なお、フロートは海流に乗って漂流し、寿命は約3年、使い捨てである。

4.気象予測技術

気象予測を大気の運動を支配する物理法則に則って、コンピュータを用いて行う技術を一般に「数値予報」と呼び、その現業的なモデルを「数値予報モデル」という。コンピュータの中で実際の大気に似せた世界を作るわけである。気象庁における天気予報作業のすべてといっても過言ではないほど、数値予報モデルが活躍している。世界的趨勢でもある。事実、1、2日先までの「短期予報」はもちろん「台風予報」、「週間予報」、「1か月予報」でも、数値予報モデルの予測なしには手も足も出ない。数値予報モデルの予測結果は、通常、仮想的な格子点上で表現(出力)されるので、GPV(ジーピーブイ:グリッド ポイント バリュー)と呼ぶ。予報技術者は、気象庁であれ民間であれ、それまでの気象の実況および数値予報モデル結果の推移などを踏まえて、数値予報モデルの「予測」に対して必要な修正を行って「予報」を作成している。具体的には、GPVはそのままでは地上の天気や風などに対応しないため、GPVから何らかの変換や翻訳が必要である。この翻訳情報を慣用的にガイダンスという。数種類の翻訳アルゴリズムがあり、一般にMOS(Model Output Statistics)と呼ばれる。@あらかじめ過去のGPVとその時の実際の天気などとの関係を定式化しておき、その関係式を予測されたGPVに適用する方法、AGPVと実際の天気などとの関係を常時学習しつつ毎回最適の予測を与えるニューラルネットワーキングの方法、Bある期間内でGPVと実際の天気などとの誤差が最小になるように関係式の係数を逐次変動させるカルマン フィルターなどの方式がある。

以下に、気象庁が運用している実況解析モデルおよび数値予報モデルの概要、さらに近年の新しい予報技術である「アンサンブル予報技術」について述べる。

(1)レーダー・アメダス解析雨量

  気象レーダーは、空気中の雨粒の空間分布を3次元的に観測することが出来るが、地上に実際に降る雨とは異なる。一方、地上に配置された雨量計はその点での正しい雨量である。気象庁では約1300か所のアメダスの雨とレーダーの雨を比較・校正して、地上に降っているであろう雨を面的に算出している。これがレーダー・アメダス解析雨量である。毎時に解析・作成され、解像度は従来の5kmx5kmメッシュから現在は2.5kmx2.5kmのメッシュに精緻化されている。この解析雨量は気象警報の発表等の他、降水短時間予報の初期条件や土砂災害の予測などに利用されている。

(2)   数値予報モデルの基本仕様

気象庁が現業的に用いている数値予報モデルの基本仕様の新旧比較等を表に示す。なお、表中にNAPSとあるのは数値予報解析用スパコンの名称であり、平成12年度に更新され、現在稼動中である。また、新とあるのは現行のモデルを指し、旧は従前を指す。気象庁ではこれらの予報モデルを運用させるために、清瀬市の気象衛星センターに隣接した庁舎に日本でも最強の部類に入るスパコンを設置し、24時間体制で稼動させている。

 

―――表(新旧数値予報モデルの基本仕様)―――

 

(3)アンサンブル予報

数値予報の初期条件や計算結果は、地球全体(全球)あるいはある領域を対象とした3次元的な仮想的網目である格子点上で与えられる(図4参照)。数値予報現業では、定時に全格子点上に初期条件を与え、モデル上で時間積分(時間的外挿)を行い、その初期条件に対応した予測値を得る。この初期条件は、全世界一斉の定時観測(09、21時など)に基いて全格子点上に唯一1組のGPVとして設定される。したがって、予測値も唯一1組のGPVである。すなわち初期条件一つで、答えも一つである。

 

―――図4(全球モデルの格子点網の概念図:気象庁)―――

 

しかしながら、数値予報モデルは、あくまでも大気の近似であること、観測値には誤差があること、大気の運動自身がカオスという非線形に起因する固有の性質を持つことなどから、時間積分を続行すると次第に誤差が増大する。すなわち、初期条件にごく僅かの誤差があると、その誤差が時間とともに増大し、ある時点から先では、真の解とは全く異なる結果になりうる性質がある。また、その誤差がどう時間発展するかはあらかじめ予想できず実際にやって見ないと分からない。大気は本質的に初期値敏感性を持っている。我々は、真の観測を知ることは不可能だから、結局、確率密度的な初期条件に対して、将来の発展の場は確率密度関数的にのみ予測可能と言える。このような初期条件の誤差の影響は、短期予報の時間スケールでは無視できるが、週間予報の後半部分や1ヶ月予報の時間スケールになると致命的で、高・低気圧などに対する予報は1週間程度が限界といわれている。

(アンサンブル予報とその特徴)

アンサンブル予報では、上述の誤差の広がり具合を考慮するために、逆に、従来の1組の初期値以外に、その周りに人為的に何通り(何組み)かの集団的な初期値(誤差)を与えて、それぞれ個別に数値予測計算を行い、その単純平均を最も実現性の高い「予報」とみなす。また、全体のバラツキ具合から(スプレッドという)予測精度(誤差幅を)情報を得ることが出来る。初期値および予測値が集団的に多数組あるという意味で、「アンサンブル(集団)予報」といい、それぞれの組をアンサンブルメンバーという。図5は、1か月アンサンブル予報(メンバー数26)の予測例である。図の中でmemは各メンバーを指し、mem0は、観測に基づく初期値である。10日程度を過ぎると予測がバラツイて行くのが分かる。実際の発表予報は、各アンサンブルメンバーの平均値で行われるが、予測結果のばらつきが小さい場合は予測の信頼性が高いと見なす。メンバーが例えば二つのグループに分かれる場合、その何れかの実現可能性が高い。例えば、週間予報で週の後半のある日に着目した場合、アンサンブルメンバーの予測結果がTグループ(本州東に低気圧)とUグループ(本州西に低気圧)に別れた場合、どちらのグループの予測が実現するかにより、地上風、波浪、気温、降水量などが全く異なる。また、1か月予報ではメンバーの分布が東西流型(天気が周期変化)やブロッキング型(特定の場が持続)などに別れる場合がある。

 

―――図5(アンサンブル1か月数値予報の例:気象庁)―――

 

アンサンブルメンバーから、気象要素(気温、風、降水量、日照時間など)がある階級幅に落ちる割合や頻度分布などが計算できる。例えば、1か月間の平均気温予報を例にとると、各地域ごとに、各階級幅(例えば、20℃〜22℃、22℃〜24℃、24℃〜26℃など)に落ちる確率が得られる。アンサンブル予報では、事象発生の確率情報が得られるため種々の天候リスクの回避や対策が有効にとれる可能性がある。

5.民間における気象サービス

 天気予報は数年前まで気象庁により独占的に実施されてきた。これは一義的には気象業務法の「気象庁は、政令の定めるところにより、気象、地象(地震および火山現象を除く。)津浪、高潮、波浪及び洪水についての一般の利用に適合する予報および警報をしなければならない」との規定に拠っている。一方、いわゆる民間気象サービスに対しては、同法の「気象庁以外の者が気象、地象、津浪、高潮、波浪または洪水の予報の業務を行おうとする場合は、気象庁長官の許可を受けなければならない」との規定を、気象庁がこれまで制限的に運用してきたことにある。事実、気象庁は平成8年までは民間の予報業務の許可範囲を実質的に特定者向け予報および解説的予報(独自予報ではない)サービスの範囲に留めてきた。(注)許可を得ないで、予報、警報をした場合は50万円以下の罰金刑となっている。

しかしながら、前述のように規制緩和の流れ、通信・コンピュータ技術の発達、予報技術の進展等を背景に、平成5年にいわゆる天気予報の自由化を指向した気象業務法の改正が行われ、平成6年度から気象予報士制度が創出された。具体的には、予報業務の許可事業者は気象予報士を置き、現象の予想については気象予報士に行わせなければならないこととなった。さらに、民間における予報サービスの振興を図るために、平成6年に新たに(財)「気象業務支援センター」が設立され、気象庁は民間が予報サービスを行う際に必要な観測・予測データのほか、予報作成を支援するためのガイダンスなどを同支援センターを通じて提供することとなった。なお、同支援センターは気象予報士の試験事務機関として指定されており、平成6年以来、延べ18回の予報士試験が行われている。毎年2回の試験があり、これまで合格者数は約3600人に達している。

さて、民間による予報サービスへの実質的な参入は、平成8年の局地予報(市町村規模を対象とした予報)から始まり、現在、予報業務許可事業者は44者に上っている。これらの事業者による年間の総売上高は、平成12年度で約300億円である。日本気象協会やウエザーニューズ社などが大手であるが、地域を対象とした事業者やニュースキャスターなど個人も参入している。予報サービス自由化の範囲は、当初の局地予報が広域化され、また予報期間も週間予報(7日)までから平成13年4月に1か月予報までに延長された。気象庁では統計的手法によっている現行の3か月予報をアンサンブル予報化するべく開発を進めており、さらに自由化が拡大される趨勢にある。

最近、インターネットが急速に発達し、国内はもとより外国の種々の情報が容易に無料で閲覧することが可能になっている。気象や天気予報も例外ではなく、外国の天気予報会社などが日本の天気予報も無料で提供している。さらに、最近、気象庁などもホームページを通じて天気予報などを提供し始めた。今後は、民間気象事業者にとって、ますます有料に値する利便性の高い情報提供が求められ、競争も一層激しくなる。すでに民間の知恵や技術力が試される時代に突入している。

戻る